大田原城跡のある龍城公園ってどんなお城なのか?
大田原城跡の龍城公園はどんな感じなのか? 見てきました。
こんにちは、那須観光ブログの那須太郎です。この度は当ブログをご覧いただき誠にありがとうございます。さて今回の夫婦散歩旅は、龍城公園で運動的に散歩をするためお邪魔しました。
大田原城跡の龍城公園は、大田原市民がすごく大切にしている城址です。大きな的には白河の小峰城や宇都宮城には及ぼませんが、黒羽城址と似たような感じなのではないでしょうか?
ところで大田原氏って何という方がたくさんいると思われますので、ここで簡単に解説します。
大田原城は、1543年に大田原資清によって築城されました。小田原氏というば、那須七騎のひとつであります。【7騎とは、主家の那須氏、一族の蘆野氏(今の那須町芦野です。芦野石の博物館が有名です)伊王野氏(今の那須町伊王野です。道の駅が有名です)千本氏・福原氏などがあります。また重臣からは、大関氏(黒羽藩です大雄寺や芭蕉の館があります)・大田原氏の七家からとなります】
大田原城の築城をきっかけにそれまで大俵だった家名を大田原に改めています。さて、時代は1590年の大田原晴清になります。豊臣秀吉の小田原征伐、晴清は主家である那須家よりも先に小田原に参陣し、沼津で豊臣秀吉に謁見し、本領7千石を安堵されています。これはかなりの先見の明があった証拠ですね。かなりのやり手です。
さらに、1600年の関ヶ原の戦いの際には、徳川氏に味方し、4千500石も加増され、1万石以上に本領を増やしています。途中分家として千石ほど減らしていますが、明治時代まで続きました。そんな地元では有名なやり手な城主がいた城跡になります。
大田原城跡龍城公園の入り口には、広い駐車場があります。これなら安心ですね。
大田原城跡龍城公園の駐車場です。
大田原城跡龍城公園の駐車場は広々です。この日は平日なので、あまり車は見かけませんでした。これはチャンスですね。
大田原城跡龍城公園に向かって歩いて行きます。
大田原城跡龍城公園には三日月の堀もあります。
大田原城跡龍城公園に向けて坂道を上ります。勾配はかなりあります。自転車だと漕いで登るのは難しいです。
大田原城跡龍城公園の入り口に到着しました。城のイメージが伝わります。城を再建しないのかな?
大田原城についての説明があります。
史跡大田原城跡の案内がありました。
大田原城跡龍城公園はとちぎふれない緑化公園のようです。
大田原城跡龍城公園の天守後に向かいましょう。上ります。
大田原城跡龍城公園は、階段もハードです。なかなか老体には厳しいです。
大田原城跡龍城公園の周りを歩きます。
大田原城跡龍城公園はサクラの木がたくさん見られます。シーズンになると賑わいますね。
大田原城跡龍城公園の山道を進みます。
階段をがんがんと登ります。
ベンチを発見! 休めます。
細い階段道があります。途中でわんわん散歩の人生のベテランの方を発見しました。地元の方のようですね。
大田原城跡龍城公園からは、トコトコなどの大田原の中心地が見られます。
大田原城跡龍城公園はさくらの木がたくさん植えられています。
大田原城跡龍城公園は大田原を見渡せます。
大田原城跡龍城公園はところどころに休憩スペースがあります。助かりますね。
大田原城跡龍城公園にある堀の跡です。
大田原城跡龍城公園の上の写真の場所ですべりました。足元にはご注意ください。
城址の北側です。蛇尾川が見えます。
城址から龍頭公園方面に向かいます。
龍頭公園の案内が出ています。
少し歩くと橋が見えてきました。
龍頭公園の入り口付近に来ました。
大田原城跡龍城公園はこの橋までです。橋を渡ると龍頭公園と大田原神社になります。
龍城龍頭公園と橋にも案内が出ています。
大田原城跡龍城公園の橋から下を見下ろします。なかなかの高さがあります。
住所 栃木県大田原市城山2丁目
大田原城跡(龍城公園)から龍頭公園へのまとめと感想
大田原城跡(龍城公園)から龍頭公園へはすてきな散歩コースです。階段も多くあり、足腰に自信のある方にはおすすめなコースです。あまり自信のないかたは、上までは行かずに、周囲を散策されてみてはいかがでしょうか? また桜の季節は混みます。
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